Blogしゃちょうのブログ

3年目の輪島災害復興支援!!

2026.09.24

このこのブログは日々のれっどぱーるのハウスでの作業や、イベントの様子や、
私の感じたことや、経営について勉強したことなどを毎週木曜日に
アップしています。これからもよろしくお願いします。

皆様からの暖かいコメントもお待ちしてます。

2026.9.24

今年の9月は本当に天気が続かないというよりも天気が悪いです。
期待していた、シルバーウィークも台風の影響で半分以上が雨でした。
台風が去り、ホッとしていたところにまたまた台風26号が発生。
今年の9月はどうなってしまったのでしょうね。

9月は苺にとってとても重要な季節になります。
以前にも書かせていただきましたが、9月の残暑がきついと苺の花芽分化が遅れて
12月の収獲初めも遅くなります。
逆に、9月の後半の気温が順調に下がっていくと、苺の花芽が誘発されて花芽分化が早まり、
結果、12月の収獲初めも早くなります。
なので、今の時期が苺にとっても、苺農家にとってもとっても大事な時になります。
今年は天候が悪かったですが、その分気温が低めで推移しました。
本日、拡大鏡にて苺の成長点を見て、苺の花芽の進み具合を確認しました。

写真では解りにくいのですが、レンズの中央に突起物が出来ていると思いますが、
これが苺の花芽です。
花芽と言ってもまだ花の格好はしていません。
今から徐々に細胞分裂を繰り返して苺の花になっていきます。
先週確認した時には、この突起物が無く、花芽分化をしていませんでしたが、
1週間経って本日確認したところ、花芽の分化を確認できました。

この花芽の確認が出来たら、次は定植です。
花芽に沢山の肥料を送って、大きな実をつけてもらうように栽培ベットに
定植して、根っこの環境を良くしてあげます。
そうすることで、栽培ベットの沢山ある肥料を吸い込み、花芽が大きくなっていきます。
苺の花芽を確認したので、明日からのお仕事は苺の定植作業に入ります。

この花芽分化を確認してという事は、後1か月と少しで、苺の花が咲いてきます。
着々と苺の実を実らせる準備が始まっています。
今年も沢山の方に喜んでもらえるように、コツコツ手を掛けて納得のいく苺を
育てていきます。

今年は去年よりも早く販売を開始できそうな予感がしています。
年末には沢山のお客様に御来店いただいているので、皆様の期待に添えるように
スタッフ一同力を合わせ取り組んでいきます。

今年は、去年よりも早く苺の販売が出来そうです。
私も今からドキドキしています。
楽しみに待っていてくださいね。

3年目の輪島の復興支援

石川県北陸地震が発生して3年が経ちました。
れっどぱーるでは地震が発生した令和6年の9月に輪島の門前にて行われていた炊き出しに参加させていただきました。
そして去年の9月にも輪島市門前のサンライズにて炊き出しお手伝いとして、苺のスムージーと富士宮焼きそばを提供してきました。
そして、今年で3回目の復興支援に行ってきました。
今回も炊き出しに参加をしようと考えていたのですが、震災から3年が経ち、住民の皆さんの生活も落ち着いてきたと
いう事から、炊き出しは終了したと伝えられました。
炊き出しを行っていないとなると行ってもしょうがないのかな?と思ったのですが、
ボランティアの代表の田谷さんに相談したところ、
炊き出しは行っていないけど、来るとなったら、皆さん喜んでくれえると思うから是非、今年も来ていただけませんか?と
仰っていただき、今年も輪島に行くことにしました。
ボランティアの田谷さんと相談し、今年は、仮設住宅を何件か回ることにしました。
仮設住宅へは、2年間続けて行っているところもあり、「また来てね」と言ってくれた方々がいたので、
皆さんの元気な様子を見れるのを楽しみに向かいました。

今回は写真が多いので写真をアップしながら様子を説明させていただきますね。
9月21日10時出発

愛犬のベルも見送ってくれました。
輪島市門前まで約6時間半。
4号車とステップワゴンで向かいました。
今年は私と店長と社員の坪根さんと室伏君と娘の桃佳の5人で支援に向かう事となりました。
この時、台風は東海沖を北上していて、台風の進路も心配しながらの移動となりました。

途中何か所か休憩をはさみながらの移動でしたが、
岐阜県に入るころになると青空が見えてきて雨は止んできました。
ひるがのサービスエリアで休憩と、ソフトクリームタイムです。
何故だかわかりませんが、サービスエリアと言うとソフトクリームが食べたくなります。
私だけでしょうか?

途中前の車の飛び石で助手席の小さいガラスにひびが入り、テープを張っての走行となりました。

予期せぬことが起きるものです。
たまたま販売車だったので、ガムテープや、養生テープを積んであったから良かったのですが、
このテープに助けられました。
岐阜を超え、富山県を通過して石川県に入り、約7時間かけてこの日の宿に着きました。

氷見から輪島に向かう途中にあるビジネスホテルでしたが、
ホテルの方々がとても優しくて、心が温かくなりました。
氷見からホテルに向かう道も石川豪雨の影響を受けていて、がけ崩れがあったり、
山からの木々が道路にまとめられていたりと、雨での被害が凄かったです。

9月22日

輪島市門前に向けて出発です。

輪島市に近づくにつれて、未だ道路の修繕をしているところがあり、
そう簡単には元の生活には戻れないのだろうを思いました。

ホテルから1時間ほど走って、毎年お世話になっているサンライズさんに到着しました。

去年と同じところで今年も記念撮影。1番乗りのお客さんも一緒に写真を撮りました。

サンライズさんでは10時から11時半まで苺のスムージーのハイ巣を行いました。
年配の方が多かったですが、「家族の分もいいですか?」と皆さん
自分の分だけではなく、ご家族の分までお持ち帰りいただきました。

サンライズさんではトイレットペーパーを配布し、
皆さんトイレットペーパーと苺のスムージーをセットで持ち帰っていました。

お子さん連れのご家族も来てくれました。

「おいし―――」と喜んでくれました。

そんな笑顔を見た桃佳も笑顔になっていました。

今回も応援に来てくれた、販売車を製作してくれたゼックの社長さんの永井さんです。
永井さんも、野々市市からはるばる2時間かけて輪島に来てくれました。
私達だけでは、どうにもなりませんが、サンライズの田谷さんや、永井さん、そしてボランティアスタッフの方々の
ご協力があって今回の慰問が成立しているのだなと改めて感じました。

次に向かったのは、ボランティアスタッフさんの紹介で門前高校の野球部の練習場所に向かいました。
能登の震災の後、部員が9人になってしまったところに、石川県の星稜高校の山下監督が野球指導アドバイザーとして
野球部に係ることになり、部員が一気に60人ほどになったそうです。

こちらが、山下智茂監督です。
山下監督は、あの松井秀樹選手を育てた監督さんです。
とても気さくな方でした。

練習終わりの野球部の選手に冷たい苺スムージーを飲んでもらいました。
23日には石川県の秋季大会の準々決勝戦があり、そこで勝つとベスト4入りという事でしたが、
本日準々決勝に勝ち見事ベスト4に入り、26日には準決勝、27日に決勝戦と続くようで、
是非、優勝目指して頑張ってもらいたいです。
少しでも彼らの力になれたようでうれしかったです。

門前高校グランド横の仮設住宅にもより、スムージーを配布しました。
また移動です。

次は道下仮設住宅です。
こちらは約250世帯もの方々が生活しているところで、
大型の仮設住宅になります。

一緒にお手伝いをしてくださった、ボランティアスタッフの方々です。
左側の方は地元で生まれ育った方で、右側の方は何と山梨から来てこれから豪雨災害のボランティアに
加わるという事でした。
お二人とも人を愛し、心の優しい方たちでした。

この方たちも、東京から支援にやってきた方々のようでした。
次に向かったのは、去年、一昨年と支援させていただいた仮設住宅になります。

今年も皆さんと写真を撮らせていただきました。
「待ってたよ」と言ってくれた方もいて、ジーンときましたが、
覚えてもらっていて嬉しかったです。

こちらが最後に訪問した仮設住宅になります。

一部屋一部屋に声をかけて回り、皆さんに集まっていただきました。

今回の輪島の慰問では、合計6か所の施設を回らせていただきました。
沢山の方に私達が育てた苺を味わっていただきました。
皆さん、話を聞くとまだまだ先の見通したついていない方が多いです。
しかし、笑顔で明るく振る舞っているところに、人間の強さと言うか、
共に生きていく優しさがあるように思いました。
この仮説住宅は本来なら2年しか住めないようですが、復興がおもうようにいかないことと、
住んでいる方々の身の振り方がはっきりしないことで、3年に延長されたようです。
3年と言うと、来年の3月のようです。
来年の3月には皆さんが住めなくなるようなのですが、その後がどうなるのかいまだ決まっていないようです。
年齢を重ねた方たちは今からローンを組んで照る家を建てることも無理だと思います。

しかし仮説に住めないとなるとどこかに暮らすところを見つけるしかありません。
市や、県、も動いて公営住宅の建設を進めているようですが、全然工事に取り掛かっていないようです。
スムージーを配りながら、お爺ちゃんお婆ちゃんを見て、みんなこの後どうなっていくのだろうと
思うと、とても切ない気持ちになりました。
私が出来ることはスムージーを配ることぐらいしか出来ませんが、
皆さんが落ち着いて生活できるようになるにはあと何年掛かるのだろうか?と心配になりました。
実際にスムージーを配っていても若い方たちはほとんどいません。
話しを聞くと、やはり、仕事が無いようです。
仕事が無いから若い方たちは都会に出ていってしまうようです。
それも解ります。

では、この先どうしたら輪島が良くなっていくのだろうか?
仕事を作るにもどんな仕事がいいのだろうか?
今回の慰問で、地方の現実を見たように思います。
同じ日本に住む人同士。何とかして皆が幸せになる道は無いのでしょうか?
自分には仕事があって、生活しているからそれでいいのだろうか?
見て見ぬふりをしていていいのだろうか?
色んな問いが浮かんできました。
そんなことを考えながら帰ってきました。

皆さんも、もし時間があったら、震災地復興のためにも、
観光に行ってほしいです。
能登もピカチュウで復興を目指しているようです。
お互いが生きていくためにも何かの形で協力し合って生きていきたいものですね。

 

 

本日も最後まで読んでいただきありがとうございました。
富丘佐野農園株式会社れっどぱーる 佐野真史

 

 

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください。