2026.02.11
このこのブログは日々のれっどぱーるのハウスでの作業や、イベントの様子や、
私の感じたことや、経営について勉強したことなどを毎週木曜日に
アップしています。これからもよろしくお願いします。
皆様からの暖かいコメントもお待ちしてます。
2026.2.12
皆さん体調は崩されていませんでしょうか?
今巷ではインフルエンザが猛威を振るっているらしく、
市内の小中学校では、学級閉鎖の所も増えているようです。
本日ようやっと雨が降りましたが、今まで雨も少なく空気が乾燥している状態が
続いたため、風や、インフルエンザが流行ったのでしょうね。
という私も、今朝がたのどの痛みで目が覚めて、もしやと思いましたが、
夜中に、イソジンでうがいをし、その後市販の風邪薬を飲み休んだところ、
喉は痛いものの、発熱はなく、マスクでの対応で間に合っています。
今は苺の繁忙期のため、風などひいていられません。
気合で乗り切るしかありません。
「いち、に、さん、だーーーーーー!!!!。気合があれば何でもできる。」
この言葉を信じます。
それにしても、先週末から今週の前半にかけての寒波は、最強寒波というだけあって、
非情に寒かったですね。
日曜日に開催を計画していたマルシェも中止とさせていただき、
更には、子供たちも楽しみにしていたお菓子まきも延期とさせていただきました。
そんな中、キッチンカーできせらせらさんが寒い中出店してくれ、暖かい土手煮や、手羽先を
販売してくれました。
子供に大人気のお菓子屋さんや、シール屋さん、韓国料理のミョンさんも出展してくれ、
寒いところ日曜日のれっどぱーるを賑やかにしてくれました。
そんな時、突然の雪…。

写真では分かり辛いですが、雪が舞っています。
うっすらと当りが白くなりました。
その後納品に出かけると
家の屋に雪が積もっていました。

(土日にこんなに寒くならなくてもいいじゃないか。)
と自分勝手だと思いますが、思ってしまいました。
途中見えてくる富士川楽座後方の山々も白くなっていて、びっくりしました。

更に寒くなったのが、月曜日の朝です。最低気温は-8度くらいまで下がりました。
天気予報を見て、気温が下がることが解っていたので
前もって、水道の蛇口に保温材を巻いたりして、凍結対策をしたつもりでしたが、
それでも外の水道は凍ってしまいました。
不思議なもので、私は毎日4時半頃に起きるのですが、
起きてすぐに外に出て水道の蛇口をひねり水が出るか確かめたのですが、
その時には水が出て、(保温材を巻いた効果があったな。よしよし)
と思い、事務所で、朝のルーチンでもある、1日のスケジュールをたて、
作業の段取りを考えて自宅に戻る時に水道の蛇口をひねったところ
既に凍ってしまっていました。
ほんの1時間ちょっとで、水道の水が凍ってしまいました。
朝の、6時頃が一番寒いのでしょうかね?
安心した私が未熟でした。
後で、気付いたことですが、水が出るうちに、少しの水を出しっぱなしに
しておけば良かったなと後悔しました。
こんなところでもケチな私の性格が出て、後々社員さんや、パートさんに迷惑を掛けることになってしまいました。
お店のキッチンの水道も凍ってしまい、
(キッチンの水道はしっかりと保温材を巻いてあるのにおかしいな。)
と思い、考えていると、一か所だけ氷りそうな場所が思い浮かびました。
それは、メーター部分です。
メーター部分はプラスチックBOXに収められており、そこは埋設されていません。
直ぐにメーターボックスを開けて周りをバーナーであぶってみました。
すると、メーターがくるくると回り出しました。
「水が出たよ。」
店長の叫び声とともに、水も勢いよく出てきました。
これで一安心しました。

ハウスの苺たちにも水は欠かせません。
以前にもポンプが凍結して破損したことがあるので、
塩ビ管やポンプに毛布を掛け、そこに温風ヒーターを設置して、
温風で凍らないように対策をしました。
お陰で、ハウス内のポンプは問題なく、朝から苺たちに液肥を与えることが出来ました。
経験に勝るものは無いですね。
とはいっても、外のトイレの水も出ないという事もあって、
お客様に迷惑が掛かっては困ると思っていましたが、何とかオープンまでには
水が使えるようになったので良かったのですが、
今後は厳しい寒さが来ると聞いたら、水を少し出した状態にしておこうと思いました。
この最強寒波が去ったことで、これからは暖かくなるようです。
節分も超えたので、やっと春になるのかと思うと、ワクワクします。
私は、冬の厳しい寒さの中から、春を感じて自然界の色んなものが
芽吹いてくるこの季節が好きです。
命の力強さを感じます。
梅も至る所で咲き始めました。
いよいよ、景色の中に鮮やかな色たちが登場してきますね。
春が待ち遠しいです。
青山での出会い!!
先週も書かせていただきましたが、
商売を18年もやらせていただいていると、沢山の出会いがあります。
ちょっとしたご縁からお付き合いをさせていただくようになったり、
助けていただくことも多いです。
そんな中、先日とてもびっくりする再開がありました。
それは、たまたま店長とお客様の何気ないやり取りを作業をしながら聞いていた時のことです。
お客様が持っている2枚のポイントカードを1枚にしたいという相談だったと思うのですが、
店長とのやり取りの中で、店長が
「えーーーーー!青山のマルシェの時からですか?」
なんて、話をしているじゃないですか。
(んんんんんんん?)
青山ってもしかしてと思い、私も黙っていられず会話に参加してしまいました。
青山と言ったら販売車の1号車を作って4年目の頃です。今から12~3年前のことです。
私も30代後半でした。
東京で自分たちが育てた苺を知ってもらいたいと、田舎者が夢を描いて
上京していたころです。
場所は、青山の国連大学前のファーマーズマーケットです。
当時は、東京でマルシェが流行り出したころで、
そのマルシェには地方の農家や、加工業者が出店して自分達が育てた農作物や、加工したものを
販売しに来ていました。
週末に行われて、自分が育てたこだわりの農作物を直接消費者に届けたいという
生産者の方が多く集まっていました。
そこで私も、ベンツの1号車で夢を掛けて挑戦していたのです。
当時は今のように、地元でのイベントや、マルシェは少なく、作ったばかりの移動販売車での販売場所を
探すのに必死でした。
冬は生の苺があるので、売り上げが立ちますが、夏場の苺農家は育苗期間のため、収入が無いのです。
それで、夏場の収入を少しでも立てようと思って挑戦したのが苺のキッチンカーでの販売でした。
販売場所を探していると、ふと目に止まったのが、青山のファーマーズマーケットでした。
(農家の方が多く、青山まで来て自分たちが育てた農作物を売るような人たちはきっと前向きな人たちだろう。
私も何らかのエネルギーを貰えるかもしれない。)
と思い、出店することにしました。
”花の都大東京!”
田舎者にとっては東京に行けばたくさん売れると思っていましたし、もしかしたら、ビッグチャンスがあるかもしれないと
野望も抱きながらの挑戦でした。
週末になれば朝早く自宅を出発し、青山を目指しました。
いい日もあれば、悪い日もありました。
雨の中、心が折れそうなこともありました。
思いもよらない忙しさで食材が売り切れたこともありました。
それでも夢を諦めず挑戦し続けました。

何と、その時に出会ったお客様が目の前にいたのでした。
もうーーー!びっくりです。
正直、東京の夢を諦めたのは、所詮田舎者が東京に行っても
夢はかなわないと思ったからです。
こんなに遠くまで来て富士宮までお客さんが来てくれるはずがない。
と思い始めたのです。
(もしかしたら、そう言って自分に言い訳をし、大変なことから逃げたのかもしれません。)
それから、東京での活動を控え、地元での知名度を上げる事へとシフトしていきました。
東京のお客様は来るはずがない!
十数年そう思い続けてきました。
東京での販売は若気の至りだとも思っていましたが、
その今までの私の考えが覆された瞬間でした。
目の前には、当時の私たちのことを鮮明に覚えてくれている方がいるのです。
夢のようでした。
自分がしてきたことは無駄ではなかったと思いました。
更にお話を続けると、こちらのお客様はかれこれ10年以上、れっどぱーるに
通ってくれていると教えてくれました。
苺摘みにも来てくれ、その時私が受付をしていたようですが、
あえて声を掛けずにいてくれたそうです。
こうして、その事実を知ることで、青山での販売のことが私の中で
とても大事な思い出へと変わっていきました。
誰も知らないところで、ある方と出会い、10年以上こうして支えてもらっていたと思うと、
胸が熱くなり、涙してしまい、なんて言葉にしていいのかわからなくなりました。
この場を借りて再度お礼を言わせてください。
心を込めて、とても貴重な再会をありがとうございました。
私は、1人でここまでやってきたと思うところがあります。
こうして陰ながら支えてくれた方々のことを見ずに今の事だけを見てしまうところがあります。
それでは、今まで支えてくれた皆様に申し訳ありません。
今があるのも、過去にお世話になった方々や、いろいろとご指導してくださった方々がいることを
忘れずに、皆様の支えを感じながら、努力を積み重ねていこうと思います。
「謙虚さ」「素直さ」「ひたむきさ」を大事にし、感謝を忘れることなく、
1日1日を精一杯生きていこうと思います。
今日も最後まで読んでいただきありがとうございます。
富丘佐野農園株式会社 佐野真史